初めまして、BLOSSOMの凛(@linblossom625)です。
夫と愛猫たちとともに、ソーセージとビール、バウムクーヘンの国・ドイツに住んでいます。
私は、アニマルコミュニケーターとして活動しています。
“動物語の通訳者”、“動物たちと話す人”と言ったほうが、イメージを掴んでいただきやすいでしょうか。
国内外の実績あるプロコミュニケーター数名の下で2年半ほど学びを続けたのちに、私はプロとして歩み始めました。
オンラインでの遠隔セッションをメインとしている所以で、日本国内のお客様をはじめ、海外在住のお客様や外国籍のお客様とのご縁にも恵まれてきました。
現在はご存命の子・天国在住の子問わず、犬さん、猫さん、うさぎさん、ハムスターさんなどなど、種を問わずお話しさせていただいています。
私のクライアントさんは、保護者様と動物さんの両方。
そのことに、日々大きな喜びと誇り、そしてやりがいを感じています。
さて、突然ですが、みなさんは“アニマルコミュニケーション”について、どんな印象をお持ちでしょうか?
もし今、目の前に「私、動物と話せるんです」という人が現れたら?
「胡散臭い」?
「怪しい」?
「どうせインチキでしょ」? ……
そうですよね、とてもよくわかります。
何を隠そう、アニマルコミュニケーターを志す前の私は、人一倍スピリチュアル苦手人間だったのです。
世間一般的に受け入れられている“神様”や“天国・地獄”、“生まれ変わり”という概念でさえ、「そんなのないない」と一蹴。理屈で理解できないと納得いかないタイプでした。
さらに、今でこそ心から動物たちを敬愛していますが、実は20代半ばまで、特別「動物大好き!」というわけでもなかったのです。
そんなアニマルコミュニケーションからいちばん遠いところにいた私が、
運命を変えてくれた愛猫との出会いと別れを経て、コミュニケーターになろうと決心するに至った経緯、
そして、アニマルコミュニケーションに込める想いをお話ししたいと思います。
目次
愛されなかった子ども時代
両親との思い出を振り返ると、楽しかったことよりもつらかったことのほうが浮かんでくる。そんな家庭に、私は育ちました。
毒親というほどではないのかもしれませんが、両親はとても厳しい人たちでした。
できたことを褒められた記憶はほとんどないけれど、できなかったことを責め立てて人格否定された記憶はたくさん。
“叱る”と“怒る”を混同した両親にいつも感情的に怒られ、家の中にいてもホッとするような安心感はなく、顔色を伺ってビクビク過ごす毎日。
そんな日々は、大学に入学しひとり暮らしを始めるまで続きました。
両親にとって、私はいつも“不十分な子”。
そのために、自分の中にすごい勢いで培われた劣等感と自己無価値感はびくともしないレベルになり、長年に渡って苦しむことになります。
ありのままの私を否定せず受け入れてほしかった。何の条件付けもなく愛してほしかった。
それだけでよかったのですが、願いが叶うことはありませんでした。
念願叶って通訳翻訳業界に就職するも…
不思議なことに私の人生は語学と縁が深く、これまでにいくつかの言語を学ぶ機会に恵まれてきました。
その中でも、とりわけ好きなのが英語です。
中学校の授業で初めて英語に触れて以来、翻訳業に携わりたいという夢を抱くように。
そして、念願叶って、大学卒業後に通訳翻訳会社に就職しました。
希望いっぱいで働きはじめ、順風満帆かと思われた社会人生活。
ですが、結果的に私は2年足らずで辞職することになります。
なぜなら、人間関係に馴染めなかったから。
両親から与えられた“不十分な子”のレッテルに捕らわれ、他人からどう評価されているかばかりが気になってしまい、人とコミュニケーションを取ることがこわかったのです。
ずっと携わりたいと望んでいた業界なのに、人間関係を理由にあっという間に脱落…
この経験が私の劣等感をより強固なものにし、何にもちゃんとできない自分を恥ずかしく思うようになりました。
運命の猫、ベンベンとの出会い

会社を退職してしばらく経ったころ、当時お付き合いしていた彼(今の夫)との同棲が決まりました。
そこで、私はふとあることを思いつきました。
「猫を飼おう。」
ずっと「猫ってかわいいな、飼ってみたいな」と思いつつ、実家では叶わなかった夢。
この機会に叶えようと思ったのです。
(恥ずかしながら何の知識もないまま)思い立ったが吉日とばかりに、お迎え可能な猫たちの情報をインターネットで探しました。そして、一目ぼれした子猫を、完全に見切り発車で迎え入れました。
それが、ベンベンです。
ベンベンと暮らしはじめて、たくさんの驚きがありました。
- 気まぐれのイメージがあったのに、猫って意外と懐くということ(特にベンベンは、犬みたいな子でした)
- ワンちゃん特有の行動だと思っていたのに、猫も鳴いたり噛んだりするんだなということ
- こんなにかわいくて愛しいと思える存在があったのかということ
そして何より、私を全力で愛し、駆け引きなしに受け入れてくれること。
「ありのままの私を受け入れてほしい、条件なしに愛してほしい」と、どんなに両親に願っても実現しなかったこと。
それを、なんとベンベンは、いとも簡単に叶えてくれたのです。
「無条件の愛なんて存在しない」とやさぐれていた私にとって、それは初めて触れる純粋な愛情でした。
何の評価も下さずに丸ごと受け入れてもらえる、そのあたたかさと安心感は、言葉にできないほど。
100%ピュアなものだけで出来たようなベンベン。
そんなすばらしい子から愛され受け入れられている私は、それほど恥ずかしい存在ではないのかもしれない。
長年、自分自身に対して抱いてきた劣等感は、こうして少しずつ溶けていったのです。
ベンベンの大きな愛に触れ、愛しい気持ちが膨らみ続けるに従い、私は猫だけでなく、他の動物たちも自然と愛するようになっていきました。
なぜなら、どの動物の中にもベンベンの面影を見るようになったから。
道ですれ違うワンちゃんを見ては「あ、この子の雰囲気、ベンベンに似てる!」
テレビで動物ドキュメンタリーを観ては「あのキツネの行動、ベンベンっぽいな~」
そんなことを思い続けているうちに、いつしか私は、動物たちを大好きになっていたのです。
そして、「動物たちと関わり、彼らの幸せに貢献できる人生を歩みたい」という思いが、日に日に強くなっていきました。
ベンベンの旅立ち
ベンベンと過ごす時間は、幸せそのものでした。
こんな毎日がずっと続けばいいな、この先何年も何十年も一緒にいられたらと、私はいつもそれだけを願っていました。
ですが、その願いは叶いませんでした。
それは、ベンベンが7歳の誕生日を迎えて少ししたころのこと。
もともと体が弱かったベンベンは、このときも体調を崩していました。
夫も私も心配はしていましたが、いつものようにしばらく通院すれば治るだろうと、深刻には考えていませんでした。
しかし、私たちの予想に反し、なんとベンベンの肝臓に影が見つかったのです。
生体検査の結果は、猫にはとても珍しい癌である、血管肉腫。
そこから先は、あっという間でした。
どんなにお金がかかってもかまわない、できることは何だってする。
そんな決意もむなしく、効果的な治療法はないと言われ…
獣医師から受けた余命宣告は、たったの3日。
続いて耳に届いた、「今、安楽死させてあげることもできますが…」という言葉。
突然の病気発覚に加え、残された時間の短さと“死”という単語に、私は頭が真っ白になりました。
最終的にベンベンは本当にがんばってくれて、余命宣告から1か月弱ほど私たちと時間を共にしてくれました。
しかし、その間、私は何をどうすればいいか見当も付かずにうろたえ、もうすぐベンベンがいなくなってしまう恐怖感を抱え、残された貴重な時間を大切に過ごす余裕などなく。
ただただ悲しみに暮れながら日々を過ごし、ベンベンを看取ったのでした。
絶望の淵で、アニマルコミュニケーションに導かれる
ベンベンの死後、私は打ちひしがれていました。
いわゆる、“ペットロス”です。
自分の命よりも大切な存在を亡くし、どうやって生きていけばいいのかわからない。もう、諦めてしまいたい。
ベンベンの体からじんわりと伝わる心地良い温もりを感じることも、あの小さな頭をなでることも、もう二度とできない…その現実に、身を引き裂かれる思いでした。
そして、それと同じくらいつらかったのは、大好きなベンベンのことを想うたびに、悲しみが伴うようになってしまったこと。
実際に一緒にいられないのなら、せめて思い出の中だけでも会いたい。
そう思っても、闘病中のつらそうな様子や亡くなる際の光景が頭を離れず、たくさんの大切な記憶までもが、つらい思い出に浸食されつつありました。
あの子のところに行きたい、あの子に会いたい。
その一心でいろんな本や情報を漁り、瞑想すれば会えるかもと考え瞑想を始めてみたり、お経を唱えたら来てくれるかもと考え般若心経を唱えてみたり。
迷走しながら少しずつ、それまで断固として受け入れなかった目に見えない世界のことにも触れるようになっていきました。
そんな紆余曲折を経て、ある日、ついにたどり着いたのです。
“アニマルコミュニケーション”
その存在を知った瞬間、私はとても不思議な感覚に包まれました。「あ、これだ。私はこれで生きていくんだ」と。
それまで少しも知らなかったものなのに、「やっと出会えたね」と感じたのです。
そして、きっとベンベンが導いてくれたんだ、とも。
ただ、そうは言っても、それまでずっとスピリチュアル苦手派だった私。
「アニマルコミュニケーションなんて嘘っぱちに決まってるし、ましてや私にできるわけない」と、必死に自分に言い聞かせる日々が続きました。
しかし、どんなに否定しても、アニマルコミュニケーションが気になって頭から離れない。
葛藤の末ついに観念し、物は試しと思い切って、まずはセッションを受けてみる決心をしました。
たくさんの宝物をもらった初セッション
猜疑心満々で受けた、初めてのセッション。
結果からお伝えすると、私は、願いが叶ってベンベンと再会できました。
そして、セッションが終わったとき、疑いの気持ちは完全に消えていました。
なぜなら、コミュニケーターさんから伝えられたベンベンの印象や性格が、まさにあの子そのものだったからです。
他にも、思い当たる内容が立て続けに、それはもう次から次へと出てきました。
このセッションで私は、あの子が今どこでどうしているか、そのことも知ることができました。
いくら否定しようとしても頭から離れなかった、「ベンベンは消えてしまった、無になってしまった」というそれまでの考えがなくなり、
あの子の肉体はなくなっても魂はたしかに存在していること、私たちのつながりが消えてしまったわけではないことを、私はやっと心から受け入れられました。
コミュニケーターさんの口をとおして伝えられるベンベンの想いは、私にとってまさに宝物でした。
そのひとつひとつを、大切に噛み締めました。
このセッションを受けたことをきっかけに、少しずつではありますが、悲しみを伴うことなくベンベンを想い、いろんな思い出を楽しく振り返れるようになっていったのです。
“うちの子の想い”という宝物を届けたい
セッションを受けたあと、私はプロのコミュニケーターになろうと決心し、アニマルコミュニケーションの学びを始めました。
自分がそうしてもらったように、私も“うちの子の想い”という宝物をたくさんの保護者様に届けたい。そう強く思ったのです。
保護者様と動物さんの絆ほど強く純粋なものが、世の中にどれだけあるでしょうか。
だからこそ、愛情が強い分だけ、関係性は繊細になりやすいものです。
かつての私がそうだったように、
- もうすぐ来るうちの子との別れがこわくて、残された貴重な“今”を楽しめない
- 亡くなったことがつらすぎて、思い出に悲しみが伴う
など、何かのきっかけで、純粋な愛しさにただ浸るということが難しくなってしまいます。
だからこそ、アニマルコミュニケーションという“よりどころ”があると、知っていただきたいのです。
以前の私のように、心細さや苦しさを抱えている方には、特に。
お客様とのセッション後、
「悲しい涙ではなく、あたたかい涙を流せました」
「あらためて、あの子のことをゆっくり思い出せました」
「うちの子の言っていることが手に取るようにわかりました」
このようなご感想をいただくたび、その想いはますます強くなっていきました。
動物さんの気持ちを知ることで保護者様の心配事が取り払われ、心が軽くなる。
すると、そんな保護者様を心配していた動物さんの心も軽くなり、ふたりは曇りのない“愛のつながり”に戻っていくことができる。
私はそう信じ、アニマルコミュニケーターとして活動しています。
たくさんの宝物が、ひとりでも多くの保護者様に届くように。
そして、そのことによって、
ふたりが、愛のつながりに戻れるように。
ところで…
アニマルコミュニケーションを学び始めてだいぶ経ったある日、ふと気づいたのです。
- 言語と関わりの深かった、これまでの生き方
- 動物たちの幸せに貢献したい、これからの生き方
私のこの2つの、過去と未来の生き方の間に、まるでパズルのピースのようにピタッとはまったのが、まさに“動物語の通訳”であるアニマルコミュニケーションだということに。
やっぱりこの道で間違っていなかったんだな、そう確信した瞬間でした。
私の人生を180度方向転換させてこの道に進ませてくれたベンベンに感謝しつつ、これからもあの子に導かれつつ。
抱えきれないほどの愛を与えてくれた愛猫に恥じないよう、恩返しの気持ちを胸に、アニマルコミュニケーターとしての道を精進していきます。

